風の音

万華鏡

2010/09/01(初出)  ≪臨時花嫁≫

****** ▼ 追記記事 ▼ ******

毎日、女官たちが綺麗に髪を結って、お化粧をしてくれる。
臨時花嫁としては居たたまれないけれど、「狼陛下の唯一の花嫁」がきちんとしていなくては、陛下の評判が下がってしまうし、肝心の縁談よけにならない。
最後に髪に挿してくれる花はいつも大振りの花。
ほんのり、淡く香る。
せっかく庭に咲いた綺麗な花を手折ってしまうのは気が引けるけど、少し気に入ってもいる。
今までは主婦とバイト生活で自分の身を着飾ることがなかったせいもある。
行商人から値切って買うささやかな髪飾りが唯一のお洒落だった。
今、目の前の鏡に映るのは、紛れもなく私―「汀夕鈴」なのだけど、やっぱりこの格好は不似合いな気がする。
「お妃様、今日のお花はお気に召しませんか?」
私があまりにもじっと鏡を見つめていたのが、気になったらしい。
「いいえっ!そんなことはないわ」
にっこり女官に微笑む。
さて、今日も仕事の始まりだ。
扇子を持って狼陛下のいる政務室へと向かう。


**

幻の狼陛下の姿を目で追うようになったのはいつからだろう・・・

今日も政務室はピンと空気が張り詰めている。
政務室に通うようになって大分たつけれど、この雰囲気にはやはり慣れない。
凛としてよく通る陛下の声が一同を圧倒する。
今もお役人さんが陛下に一蹴されて、隅でブルブルと震えている。

う~ん。いつ見てもあの演技はすごい・・・

じっと見ていたせいか陛下がこちらに気づき、にこっと笑った。
ドキンッと心が大きく震える。
扇子で顔全体を覆い隠したい気持ちをぐっと抑えて、口元だけを隠す。
それが今の私にできる精一杯。

ここで、にっこり笑い返せたらいいのかしら?
いや、今の私には無理だわ

そんな事を思っていたら、チクリと鋭い視線を感じてそちらの方を見る。
私を睨みつける人間はこの政務室には一人しかいない。
私も柳方淵を睨み返す。

売られたケンカは買う・・・!!

バチバチと火花を散らしていたら、柳方淵が陛下に呼ばれて睨み合いは終わった。
その後もいろんな人が入れ替わりに陛下のもとへ報告や状況を説明している。
それをぼんやりと眺めながら、今朝のことを思い出す。
鏡に映った自分の顔。
以前にも同じようなことを思った事があった。

私は私。
私らしく、私だから、できる事は何か。

「!」

いい事を思いついたっ。
部屋に戻ったら早速試してみよう!


**

陽が落ちて辺りが薄暗くなってきた。
今日は陛下は忙しいらしい。
普段ならこの時間にはとっくに後宮に来ているはずだ。
今日はもう陛下はお見えにならないかな、と思ったときカタンと扉のほうで音がした。
振り向くと陛下が立っていた。
「おかえりなさいませ。今日はもうお見えにならないかと思ってました」

陛下が来てくれたことが嬉しく思うのはどうしてだろう?

「迷ったんだけど、夕鈴に会いたくて来ちゃった」
サラッと言われた言葉にドキッとする。
にっこり笑っている陛下の顔は小犬のよう。
「夕鈴は何してたの?」
「花を見てました」
「花?」
はい、と返事をして机の上を指差す。
陛下が机に近づき、椅子に座った。
お茶を出そうとしたら今日はいいよと言われたので、私も向かいに座る。
机の上には小さな器が置いてあって、その器に水を張って花を浮かべてある。
「この花って今日夕鈴が髪に挿してた花だよね」
「はい。一日挿してたので少し萎れてしまってますけど、茎を短くして水に浮かべたら少し元気になりました」
あまりにも綺麗だったから、捨ててしまうのは勿体無くて・・・というのは庶民的思考。
自分なりに考えた案は、そのまま花を捨てるのではなくもう一度元気をあげることだった。
「今日、政務室で思いついたことってこれのことかな?」
「え・・・?」
陛下が下を向いて笑いを堪えている。
「政務室で夕鈴が百面相してたから・・・思い出しちゃった。あはは」
ごめん、と言いつつ笑い続ける陛下に怒ることも忘れて赤面する。
「なっ・・・私そんなに変な顔してましたかっ!?」
「夕鈴の百面相はかわいかったよ」
「百面相がかわいいわけないですよっ!」
陛下に変な顔を見られていたかと思うと顔が熱くなっていく。
ふ、と陛下と目が合った。
「綺麗だね」
「き・・・綺麗ですよね、花!」
陛下があまりにもじっと私を見て言ったので、どもってしまった。
ドキドキとするのはきっと暗くて、いつもと雰囲気が少し違うから。
ゆらゆらと揺れる蝋燭の炎が陛下の顔に当たり、明るくときに暗く光と影を作る。
その中に『狼陛下』を見つけた気がして少しビクッとしてしまった。
「今日はもう遅いから戻るね。おやすみ」
陛下が席を立った。
「はい。おやすみなさいませ」
陛下が出て行った後を見つめて、はぁ~と息を吐く。
頬を両手で包む。

あつい・・・

胸がまだドキドキとしている。


その理由を、私はまだ知ってはいけない気がした。

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