風の音

捕獲 6

※ 『この世の春』 の あさ様よりいただきました!
  無断転載禁止です。

****** ▼ 追記記事 ▼ ******

【設定 本誌沿い】
《捕獲 6》


「おーい、時間ないんだけど?」
「っ、そうだわ、差し入れ!」

延々と続く賑やかな口喧嘩。
両者ともに息が上がるのを待って、浩大はようやく口を挟む機会を得た。

「きょ、今日のところは青慎に免じてこのくらい、に、」
「あ、ああ…青慎の大事な時、に…げほっ、こんなことしてる場合じゃ、ねえな。」
「そ、そうよ…あの子に、これ食べて元気出してもらわないと…けほっ!」

どれだけやり合っていたのか。
几鍔と夕鈴は睨み合いながら肩で息をしていた。

「さ、最後に言っとくけどな!」
「なによっ。」
「李翔に捨てられたらいつでも帰って来いよ!」
「す、捨て…っ!大きなお世話よ!」

一息に言いきって。
がたん、と荷車を置いて立ち去る几鍔。

「あーあ、ったく口の減らねえ女だぜ…どうして俺の周りにはこんな女しかいねえんだ?」
「もし。もし、そうなっても…あんたの世話にはならないから大丈夫よ。」

思ったより力なく返されたその言葉に。
彼の足がぴたりと止まる。

「…『もし、そうなっても…』か。そうか。そうなんだな。」

ざりっ、と音を立てて振り向いて。
今までとは違う顔で、彼女に向き合った。

「もし、そうなったら…夕鈴。」

静かに自分を見つめる隻眼の真剣さに、振り上げたまま行き場を失った拳を胸の前に収める夕鈴。

「几鍔?」
「俺が、お前を――――」

さわり。
風が吹いて。

「そこまでだよ、金貸し君。」

静かな。
だが怒りに満ちた穏やかな声が場を制す。

「っ!」

ちりちりと肌が痛くなるほどの殺気。
一瞬で口が乾くほどの圧迫感。

「り、翔…てめえ、よくも、」

ようやく言葉を絞り出した几鍔の眼前には、大事な幼馴染と大きな影。

「っ、陛下?!」
「…すまない夕鈴。聞かないでくれる?」

急に現れた夫。
驚き振り返った夕鈴の両耳を大きな手が覆った。

「え?」

思いのほか強い力で抑えられた耳。
ぼわんとした音しか聞こえないが、目の前に立つ几鍔に向けて黎翔が何かを言っているのは分かった。

「…ごめんね、もういいよ。」

二人の話はすぐに終わり、兎の耳が解放される。

「陛下、どうしてここに、几鍔となにを」
「男同士の話をしただけだよ。それより夕鈴、青慎くんに差し入れは?」
「あっ!」

肝心の差し入れがまだだったことに気付いた夕鈴の肩を抱き、彼女を促し建物の方向へと去っていく黎翔。
その後ろ姿を睨み付けていた几鍔の肩を、誰かがぽんぽんと叩いた。

「…災難だったね、兄ちゃん。」
「てめえは誰だ。李翔の仲間か?」

見るからに強そうな大男。
その体格とは裏腹に人のよさそうな瞳をしている。

「俺は徐克右。いつか何かの役に立つかもしれないから覚えといてくれ。」
「徐、克右…。」
「軍部に用があるときは俺の名前出すと通りがいいぞ。」
「軍部?!」

ったく、なんなんだ。
あいつの選んだ男はいったい…

『僕は彼女を離さないからね。何があろうが永遠に。夕鈴は誰にも渡さない、君にだって渡さない。』

圧倒的な威圧感に反して必死な目をしていた、あいつは…。

「…『李翔』はいったい何者なんだ?」
「あの方が誰かなんて、知らない方がいいと思うよ。」

まあ、一人しかいねえか。
紅い瞳と黒髪。
誰もが畏怖する、この国の――――

「ああ、そうみてえだな。」
「物分かりが良いな。気に入ったよ。」

とんでもないやつに気に入られちまったな、夕鈴。

「じゃあな。荷車は適当に取りに来させるからほっといてくれ。」
「すまないな。」

今度こそ振り返らずに。
几鍔は自分の街へと帰っていった。




捕獲 7 へ続く・・・


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